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| 戦跡巡り > ポーランド・ドイツ旅行 | ||||||||
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2006/10/06〜2006/10/13 ポーランド:クラクフ歴史地区・アウシュビッツ強制収容所 ドイツ:フランクフルト観光・ニュルブルクリンクサーキット |
●車窓1 new! 市街地を抜け・・・ |
●車窓2 new! 田園風景に移り変わり。 なんかポーランドって感じw |
●車窓3 new! 列車待ちで何十分も停車したり。 |
●車窓4 new! アウシュビッツ(ポーランド名オシフェンチム)に近づいてまいりました。いい天気であったかくて、寝まくりの道中でした。 |
●博物館到着 new! さすがに大型バスで混雑してます。 |
●乗ってきたバス new! 見かけは古臭いですな。 |
●アウシュビッツ博物館 new! 事前に依頼していた唯一の日本人ガイド中谷さんと待ち合わせて、博物館や収容所を案内してもらいます。 ⇒中谷さんについてはこちら。 |
●入り口 new! なぜか博物館はすっとばして、収容所入り口へ直接案内されました。 |
●もともと new! ポーランド人の政治犯を一時的に収容するために作られたアウシュビッツが、「絶滅収容所」と変貌し、最大2万人近い人々が収容されるようになります。そして、少なくとも100万人以上がここで虐殺されたのです。 |
●点呼 new! 一日の強制労働の後に行われる点呼で整列させられる収容者の様子。整列できないものは病院送りにされ注射で殺されるか、ガス室送りにされるか、どちらにしろ待っているのは死のみでした。 |
●街路樹 new! 強制労働の一環で収容者が植えたものだそうです。終戦時には苗木だったものも60年以上の歳月でここまで大きくなりました。 |
●死の壁 new! SSに抵抗した収容者を銃殺するための場所です。 窓が目隠しされているのは収容者に見られないようにするためです。銃には消音機も装着されていたそうです。右側の11号棟の地下には独房もあります。⇒参考 毒ガス(チクロンB)の実験室もあり、ここでの実験が毒ガスによる大量虐殺へつながって行きます。 |
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